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gente vol.024 Interview:

後藤 知佐子さん 株式会社OSBS勤務不安障害(パニック障害/社会不安障害)


今は「人生が増えていく」感覚なんです

「まぁいっか」と言えるまで

「取材のために、4年ぶりに美容院に行けたんです」とうれしそうに語る後藤知佐子さん(写真中央)。20年以上にもわたって、パニック障害と社会不安障害という二つの不安障害に苦しんできました。外出できる範囲がどんどん狭まり、一時は自宅近辺にしか出られないほど体調を崩していましたが、今は社会復帰しフルタイムで働いています。

「うつ」と並んでよく聞かれるようになったパニック障害は、社会不安障害とともに不安障害の症状です。常にさまざまな不安を感じ、生活に大きく支障が出ていた後藤さんが不安を手放し、「まぁいっか」と物事を捉えられるまでに回復したプロセスを伺いました。そして後藤さんの勤務する株式会社OSBSは、実に9割近くの社員が障害者雇用、マネジメント職に就いている方も多数いるという特例子会社(中面解説参照)です。後藤さんの支援員を担当する旭さん(写真右)と、上司で自らも障害者雇用の安達チーフ(写真左)に、後藤さんの仕事や支援体制についてお話を伺いました。

希望の持てない日々


臨海学校などで遠くへ行くと、夜まったく寝つけないなど身体の不調を感じていた、という後藤さん。はっきりとそれを「パニック障害かもしれない」と意識したのは、いつ頃からなのでしょうか。

 

後藤:10代の頃ですね。電車の中で口の中に水が一滴もないような感覚に襲われて、降りて救急車を呼んだんですけど、来る間に良くなっちゃったりとか。そういうことが頻繁にあったので。

 

g:自分の症状から「これはパニック障害かもしれない」と思われたんですか?

 

後藤:そうですね、図書館で調べて。

 

g:発作は頻繁に起きていたんですか?

 

後藤:発作よりも「発作になるのが怖い」っていう予期不安(note参照)がほとんどのような気がします。(駅以外の場所で)乗っている電車のブレーキが聞こえて停まりそうになっただけでもうドキドキしてきて、ソワソワして急に走り出したくなるような感じで怖くなってくるんですけど、スピードが上がってくるとホッとして治ったりとか。

 

g:外に出られない状況になるのが怖い、でも電車が動いていれば駅に着くから大丈夫だろう、という気持ちなんですね。それは通勤通学も大変だったでしょうね。

 

後藤:騙し騙しでしたね。なんとかやり過ごせていたのがだんだん難しくなってきて、徐々に行動範囲が狭くなって。

 

g:発作が起こるととても苦しい、けど過ぎてしまえば大丈夫。だからまあいいかとやり過ごしているうちに、徐々に悪くなって。

 

後藤:変な言い方すると「不安を待ち構えている」じゃないですけど、いつも「大丈夫かな、また発作が来るんじゃないかな」と次の行動に常に不安を感じるようになって、それに備えている憂鬱な気持ちも大きくなっていって。それでどんどん行動範囲が狭くなっていきましたね。

 

g:不安な気持ちになる場所に行こうせず、安心できる場所に留まりたいから。そこまでの状態だと、やはり治療が必要になるかと思うのですが。

 

後藤:精神科が怖かったんです。当時は「自分が精神病」と思うのが怖かったんですね。それでも本で読んだ有名な先生の病院に、やっとのことで行ってみたんですけど、あまり納得できなくて、薬も飲めなくて。

 

g:やっとの思いで病院に行ったのに。

 

後藤:運悪く「今日これから学会なんだ」って言われちゃって、診察時間が3分位しかなくて。それで「この薬を飲みなさい」と言われても、どうすればいいかわからなくて。薬局の人に聞くと副作用の話ばかり聞かされて、怖くて飲めなかったんです。「精神病の薬を飲む」っていうのが、何か自分が自分じゃなくなっちゃいそうな気がして、とても抵抗がありましたね。

 

g:症状は悪くなっていく、行動範囲もどんどん狭くなっていく。なのに治療もままならないのでは、支障が出ますよね。

 

後藤:もとは派遣で事務の仕事をしていて、そこで「正社員になりませんか」というお話をいただいたんです。けど勤務先が変わると通えないと思って、その話をお断りして仕事も辞めてしまったんです。

 

g:いいお話だったのに、断らざるを得なかった。もう体調が許さなかったんですね。

 

後藤:「もう無理だ」って気持ちが強くて。情けないな、それさえなければ行けたのになって、そういう悔しい思いは多くしてますね。それでもこのままじゃいけないと思って、別の病院にも行ってはみたんですけど、治るとは思えなかったです。精神安定剤を処方されて、それは飲んでいたんですけどよくならないし、パニック障害の人が書いた本に「3駅分電車に乗れるようになりました」と書いてあったのを読んで、希望を持てなくなってしまったんです。薬を飲んでもその程度で、治らないんだと思っていました。

 

g:行動範囲が狭くなる一方で、治療も進まない。八方塞がりになっちゃいましたね。

 

後藤:ハローワークの職業訓練に行きたくても遠くていけないし、最終的には家の近所にしか出られない感じでした。

後藤さんが感じる「怖い」とは

電車の中や、窓の閉じた空間

遠い場所、行ったことのない知らない場所

美容院など、じっとしていなければならない状況

 

「怖い」と感じる状況に置かれても、必ずパニック発作が起こるわけではありません。それは頭で理解できていても「また起こるのでは」という予期不安から落ち着かなくなり、そういう状況を避けるようになってしまいます。

適切な治療を受けて


g:働けるまでに回復できたきっかけは?

 

後藤:私のことでストレスを感じていた母に、はけ口が必要なんじゃないかと思ってメンタルクリニックの受診を勧めたんです。そこで出会った先生が、私の話もしっかり聞いてくれて。「いい薬ありますよ、絶対に治りますからやってみましょう」と言ってくれて。それでちょっと希望が見えてきて、勧められた薬を飲みはじめたんです。

 

g:話を聞いてくれる先生と巡り合えて、薬に対しての不安感もなくなったんですね。

 

後藤:そうですね。治したいんですけど薬が怖くて、という話をしたら「大丈夫ですよ」と言ってくださって。普通は一錠から始めるのも、怖いのであれば4分の1から、と提案してくださって。

 

g:治療の効果は感じられましたか?

 

後藤:それまですごかった不安が、取れていきました。やっぱり気持ちでなんとかなる病気ではなかったなって痛感しましたね。引越して今までより家が狭くなったんです、なんていう不満を先生に話していたら「そういう風に悪いことを考えているよりも、就労移行支援事業所(1:就労移行支援事業所は一般企業での就労を希望する障害者を対象に、就労に必要な知識や職業訓練、および就労支援を行う障害者総合支援法に基づいた福祉サービス施設です)に行きましょう、まず見学に行ってください」と言われて、事業所の見学に行ったんです。そこで「じゃあ明日から来なさい」と言われて、そこに通うようになりました。

 

g:知らない場所への外出ですけど、大丈夫だったんですか?

 

後藤:地元の駅前近くだったので「そこなら大丈夫」と思えていたのと、やっぱり薬を飲んでいたので結構動けたんです。それまでとは違う感じで、動きやすくなった気はしてましたね。その頃は朝全然起きられなくて、夕方見学に行ったんです。まだ通える状態ではないと思っていたんですけど、「そんな状態なら、それこそ明日から来なさい」って言われました。薬を飲みだしてからは電車に乗る練習とか準備とか(※2:外出できる範囲が狭くなる不安から、自分なりに「外出の練習」を繰り返していたそうですが、状況は芳しくはなかったようです。詳しくはこちらででご紹介しています)、余計なことをしたり考えなくなって、切羽詰まった気持ちを持たなくなりましたね。

 

g:適切な治療と服薬の効果があったのですね。一方で社会不安障害の診断もついているそうですが、それについては?

 

後藤:社会不安障害は、人前で緊張するとすごく汗をかいてしまうんです。病院の先生の前でも汗がひどくて「それは社会不安障害ですよ」と言われました。20代の頃から仕事で緊張すると汗をびっしょりかいて、ポタポタと滴るほどだったので、恥ずかしくてその場から逃げたい気持ちになったことも何回もありますね。パニック障害の予期不安と一緒で、何かあるとまた汗かきそうで嫌だなと思っていて。会社の飲み会とかあると「その場所に行けるか」というパニック障害の予期不安と、汗の不安が全部一緒になって、不安になっていました。だから行きたくはないんですけど、会社の飲み会だから行かなきゃいけない、「他の人に遅れをとっちゃダメだ」と思いこんでいたんですね。出かけないと、どんどん行動範囲が狭くなっちゃうと思っていたんで。


note.【不安障害:不安に根ざす、さまざまな症状

「不安」はストレスや脅威に対する正常な反応として誰もが持つ感情ですが、日常生活において過剰に不安や恐怖を感じ、行動に支障が出てしまう状態が不安障害です。近年よく知られるようになったパニック障害のほか、社会不安障害、強迫性障害などがあります。

 

パニック障害

突発的に激しい不安と共に動悸、めまい、窒息感などに襲われ「死んでしまうのでは」と感じるほどの恐怖を伴う発作が繰り返し起こるのがパニック障害です。パニック発作は10分以内にピークに達し、数十分以内に収まりますが、予期不安(また同じ発作が起きるかもしれないという不安)がある場合、電車に乗る、外出するなど日常生活や行動に制限が生じます。

 

社会不安(社交不安)障害

「人前で恥ずかしい思いをするのではないか」という緊張や、注目に対し過剰に不安を感じて発汗、震えなどの症状が現れる状態です。自分でも「そんな風に怖がるのは変だな」とわかっていても、その気持ちを抑えるのは難しく、徐々に恐怖を我慢しながら生活したり、外出や人との関わりなど「怖いと感じること」を避けるようになり、生活や社会参加に支障をきたします。

 

強迫性障害

ある行為をやめられず、繰り返して行わないと不安でたまらなくなる症状が強迫性障害です。繰り返し手を洗い続ける、火の元や戸締りを何度も確認するなどの行動を「強迫行為」といいます。自分でも「不合理でつまらないこと」だとわかっていても、不安な気持ちからそれを繰り返さずにはいられず時間を費やしてしまい、結果として日常生活や行動に支障が生じます。


「役に立てる」と気づいたら


g:就労移行支援ではPCスキルを身につけるなど、就職に向けて準備をされたと思いますが、今の会社に決まるまでいくつか面接は受けたんですか?

 

後藤:いえ、OSBSに入る前に勧められた中に事務職がなくて、私がしたいと思う仕事がなかったので。

 

g:どんな仕事がありましたか?

 

後藤:清掃とか、バックヤードとか品出しとか軽作業ですね。体力に自信がなかったんで、続かないんじゃないかと思って。

 

g:希望の事務職が決まって良かったですね。ただ事務職経験があったとはいえ、ブランクもあって不安はありませんでしたか?

 

後藤:はじめは久々の仕事だったので、エレベーターで9階まで上がってくるだけでもうれしくて。 皆さんすごくいい方だったので、不安要素を消してもらえた感じで。本当にそれは恵まれてるなと思って。

 

g:何年か前までの後藤さんからすると、すごい変化ですよね。予期不安も取れて行動できるようになって、今はその積み重ねという感じなんですかね?もう行けた、できた、行けるようになった、という。

 

後藤:そうですね。以前はビルの3階に行くだけでも本当に怖かったんですけど、今の治療をはじめてからは、このビルの9階にも怖くなく来られますし、自分でもびっくりしています。

 

g:仕事自体は久しぶりで、どうでしたか?

 

後藤:ちょうどコロナ禍で、はじめは郵便物の仕分け発送を多くやっていました。その時の上司は身体障害で手が不自由な方だったので、私がそれで役に立てるならいいなって思っていましたね。

 

g:支援職と一部管理職を除けば、同僚の方々だけでなく上司も含め、ほぼ皆さん障害者採用の社員なんですよね。

 

後藤:就労移行支援でも障害のある方ばかりの中にいたんですけれど、皆さん自分にできること、できないことをしっかりと知っているなと思います。

g:仕事中に予期不安に襲われたり、汗をたくさんかいて仕事ができなくなってしまうようなことは、もうないんですか?

 

後藤:台風や雪の時は (帰宅の交通手段がなくなる不安から)ちょっと怖いと感じるんですけど、そういう時は在宅勤務に切り替えられる(※3:月8日を上限に在宅勤務を選択できる制度があります。急な体調不良等の理由でも、在宅業務が可能であれば申請できます)ので安心です。仕事中にたくさん汗をかくこともありますけど、今は「そういう姿を見られても大丈夫」というふうに、周りの人たちを信頼できているので。

 

g:気持ちが安定してきたんですね。入社時は時短勤務で午後のみの出勤だったそうですが、今はフルタイム勤務ですよね。

 

後藤:はじめからフルタイムで働きたい気持ちはあったんですけど、最初は朝起きられなくて。遅刻したくなかったんで午後だけ出勤の限定正社員(※4:月20時間勤務から正社員待遇(給与は時給計算)となる制度。本人希望を会社が承認すれば、フルタイム勤務に切り替えられます)だったんですけど、少しずつ出勤時間を早めていって。一時間一時間働く時間が増えていくことで、人生が増えていく感じなんですよね。働く時間が増えていって、やることも増えていって、経済的にもそうですけど、今まで寝ていただけの時間だったものが、生産性のある時間に変わったというか。それでフルタイム勤務にしたいと思うようになりました。

 

g:働けるようになって、人の役に立てるようになって、意味のある時間ができたように感じて人生が増えた気がすると。それは仕事に限らず、生活面でもそう感じますか?

 

後藤:そうですそうです。生活面でいうと、旅行とかはまだ「行きたい」とは思えないんですけど、母が「上野の美術館に行きたい」と言った時、最初は一度断ったんです。でもこれは自分ひとりでは行けないんだから、逆に一緒について行けるチャンスだなと思って、去年の秋に一緒に行ってきたんです。そういう感じで、以前だったらどこか行くのにも、「そこに行く練習をしないと行けない」と思っていたんですけど、今はそんな風に思わなくて。「まあいいか、行ってみよう」みたいな感じで行けたんです。

 

g:もちろん不安がないわけじゃないけど、「それに備えよう」ではなく「やってみよう」と考えられるように変わったんですね。不安に対しての準備は、もうだいぶ減っているんじゃないですか?

 

後藤:そうですね、治療をはじめる前に感じていた変な焦りもないですし、自然体でいるような感じですね。「まあ、ぼちぼち行こう」みたいな感じで。

 

g:不安が焦りに繋がっていたんですね、自分に対しての。

 

後藤:焦りもありましたし、自分への自信のなさで自分を追い込んでいたんだと思います。できない所にばかりフォーカスして、余計自信を無くしていたんですけど、今はできないことがあっても「まあいっか」みたいな感じです。

 

g:だいぶ気持ちが楽になったんですね。

 

後藤:ずっと派遣で働いていたので、仕事を教えてくれる人もいなくて、一人でプレッシャーを感じていたんですけど、OSBSに入ってからはそういうのもなく。「台風が怖いんです」とも話せますし、そういうことを言えて相談できるだけで気が楽になります。

 

g:会社との信頼関係が、後藤さんの安心感を支えているんですね。

 

後藤:そうですね。以前は一人でガッチガチになっていたんでしょうね。


ようやく適切な治療と理解ある環境に辿り着いた後藤さん。全てが解決したわけではないけれど、「それでもいいか」と思える心の安定を得て、今は失った時間を取り戻すように充足した日々を送っています。

後藤さんが長い間八方塞がりの状況に置かれ、一人でもがき続ければならなかった理由のひとつは、やはり偏見が壁になっていたからでしょう。二十数年前に比べれば、今は治療や服薬の考え方もアップデートし、精神疾患は甘えや特殊な疾患ではなく「誰もがかかる可能性のある疾患」との認識も広まっています。正しい知識に基づき、漠然とした偏見に晒されることがなければ、適切な治療によって後藤さんのようにいきいきと暮らせる人が増えていくでしょう。


自分で「できない」と決めつけない


「時折社長から発信されるメッセージに、励まされているんです」と後藤さん。

「『人が認めてくれている所が自分の長所』という話があって、だったら自分で自分を『できない』と決めつけず、まず人の評価に乗ってみよう」と思えたそう。この取材も「旭さんが声をかけてくれたんだから、自分にできるならやってみようと思いました」と引き受けてくれました。今は実際の気持ちが伴わない状況でも、自分で自分にポジティブな言葉を投げかけると、言葉につられて気持ちが晴れていくのだとか。「自分の考え方次第で、しあわせな気持ちにもなれるんです」。


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