gente vol.022 Interview:
櫻井 章子さん 主婦・神社コンシェルジュ:右大腿義足使用
「義足」だとは、思いもよらないでしょうね

撮影協力:江戸総鎮守 神田明神
気づかれはしないけど
「私は一宮神職家系の出身で、ご先祖様が氏子だったご縁もあって、いまもこちらの神田明神でお掃除などをさせていただているんです」という櫻井章子さん。今回なぜ櫻井さんが「gente」の取材を受けてくださったのか。一見しただけではわかりませんが、実は櫻井さんの右足は義足です。
2021年東京パラリンピックでは、競技用義肢を使用する多くのアスリートを見る機会がありました。一方で生活用の義足を見たり、それがどんなものなのかを知る機会はほとんどありません。ですが身の回りに義肢を使用する人が全くいないわけではなく、その存在に気づけないだけなのです。
交通事故によって義足使用者となり、仕事、結婚、子育てと人生の半分近くを義足とともに送ってきた櫻井さん。義足での生活や、失ったはずの四肢に痛みを感じる「幻肢痛」について、いろいろとお話を伺いました。
義足について
g:生活用の義足がどんなものなのか、知らない人がほとんどだと思います。義足の困り事にはどんなものがありますか?
櫻井:階段と坂道は手すりが必要です。坂道はちょっと急になっただけでも手すりがないと降りられないので、斜めにジグザグに降りるか、横を向いて降りますね。階段は一段ずつ昇り降りします。
g:まっすぐ降りると膝折れ(※1)してしまうからですか?
櫻井:膝折れより、心理的な怖さがあるんです。駅の階段を降りている時に転倒して、そのまま線路まで落ちてしまう、という事故が結構あるんです。
g:義足だと、バランスを崩すと即転倒してしまいますよね。エスカレーターの片側空けで、人にぶつかられても危険ですよね。
櫻井:人にぶつかられると転倒しますね。手すりがあれば大丈夫なんですけど、健足(左)側に手すりがあったほうが安心です。あとは自転車に乗れないのも困ります。乗れなくはないけど、道路で乗るのは怖いですね。 車道側に倒れたらどうしようって。
g:義足側だと即転倒、ですか?
櫻井:健足側だったら踏みとどまれますけど、義足では無理です。だからちょっとした距離でも車移動になってしまうんです。自転車に乗れればそれで済むんですけど。
g:車の運転も、櫻井さんは右足が義足なので一般的な車の操作とは違いますよね。
櫻井:義足側では運転できないから、健足側でペダル操作できるように車を改造する必要があるんです。補助金もありますけど、一部補助なので足りない分は自己負担になります。金銭的な負担は少なくないので、制度が変わってくれたらなとは思います。
g:義足というのは高価なものなんですか?
櫻井:作るにはまず自治体に申請をして、認められれば自治体が購入費を負担してくれます。耐用年数が決まっているんですけど、パーツ毎に全部違うんです。 カバーのスポンジは半年に1回変えられるけど、一番高い膝接手のパーツは3年とか。だからそれを過ぎないと交換はできないんです。
g:これから新しく義足を作るそうですが、では3年ぶりに作り直すんですか?
櫻井:いえ、実は9年ぶりなんです。世帯収入制限があって、引っかかるとまったく購入補助が受けられないんです。
その所得制限自体もどんどん厳しくなっていて。
g:自費で義足を作り直すとなると、櫻井さんの義足でいくらくらいするものですか?
櫻井:150万円くらい?
g:確かにそれを3年毎に自費で作り直していたら、相当な負担になってしまいますね。
櫻井:だからもう使えるものは何年でも使おうと。ソケット(※次頁参照)が緩くなっても使い続けていたし、スポンジがボロボロになっても使っていたんですけど、なぜか今年申請が通って購入補助が出るというので、9年ぶりに。これまで膝接手の交換をしたりもしていたので、かなり自己負担もしているんですよね。
g:保険もないんですか。
櫻井:ないですね、医療器具じゃないので。それに自治体の補助で購入する前提で価格設定されているので、全てが高いんです。
g:義足というのは、家の中でも常に履いているものなんですか?それとも家に帰ったら外すんですか?
櫻井:人によります。基本的に履いていると蒸れるし重いし、外したいという方が多いかと思うんですけど、転んだら大変だから履いている人もいますね。
g:人によって違いはあっても、やはり履き心地の良いものではないんですね。

事故、リハビリ、歩けてから
櫻井:はい、もう25年くらい前になります。酒酔い運転の車が結構なスピードで突っ込んできて、気が付いたら地面に倒れていて。何が起きたのかわからなかったんですけど、 自分の足が落ちているのを見たのは覚えています。いろんな事が頭の中をよぎって「今の医療技術だったら足を元に戻せるんじゃないか」とか考えていました。救急車の中でも意識はあって、名前を聞かれたり、手術室に入って麻酔をかけられて意識がなくなるまで覚えています。次に目が覚めたら病室で、ドクターから「義足で歩けるようになりますから」と説明があって。
g:車いすなどの選択肢もあるんですか?
櫻井:いや、基本的には義足だと思います。でも痛みや義足で歩く難しさで気力体力が持たず、途中で諦める人も中にはいますね。
g:リハビリから歩けるようになるまで、どのくらいかかりましたか?
櫻井:私の場合、傷がなかなか治らなかったんです。炎症が起きてしまって、一か月ぐらいはリハビリが出来なくて。出来るようになってからも、リハビリ用の仮義足を履くのに自分の足に合ったソケットの部分を仮に作るんですけど、その病院に来ていた装具士さんが週に一度しか来ない小さな装具屋さんで。「仮のソケットが痛くて履けない」と言っても直して次に来てもらえるのが一週間後なので、ぜんぜん練習ができなくて。
g:仮のソケットというのは?
櫻井:当時は石膏を固めて作っていたので、 すごく重いし冷たいし。まだ傷が腫れていたので、その硬い仮ソケットに足を入れるだけで痛くて痛くて、練習自体できないぐらい全然合わなくて。「もうこのまま歩けないんじゃないか」と、他にもっといい処置ができる病院がないか調べたら、JR東京総合病院なら鉄道弘済会(※2)で義足を作れるとわかって、転院して。 そうしたらその病院自体のリハビリも全く違ったんです。仮ソケットも石膏ではなくてプラスチック板のようなものからその場で作れて。軽いし全然痛くないし、その日のうちに歩けたんですよ。
g:そんなに違うものなんですね。
櫻井:義足の患者さんがたくさんいたんですよ。で、義足はとにかくリハビリに時間がかかるから「一日中好きなだけリハビリ室にいていい」って言ってくれて。朝から夕方までリハビリ室に入り浸っていました。常に義足の調整もしてくれるし、全然痛くなくて。歩く指導もプロなので。
g:それで義足で歩けるようになったんですね。ただ環境の整っている病院から一歩外に出ると、想定しなかった事態にも直面すると思いますが、どうでしたか?
櫻井:いや本当に大変で。家の中がまず困りました。家には靴を脱いで入るので、かかとの高さが調整できない義足(下図参照) だと、それだけでもう歩けないんです。
g:家の中では、かかとが固定されて浮いた状態で歩かなければならないと。
櫻井:最初はそれがすごく大変で。今は平気ですけど、当時は室内用に高さを合わせたサンダルを買って、常にそれを履いていました。今はよほど高いヒールを履いた時は足首の角度を元に戻しますけど、そうでなければそのまま。 あとやはり困ったのは、家の中で義足を履いていない時間にどうするかなんですよね。松葉杖を使うように言われるんですけど、両手がふさがるので何も運べなくなりますし、狭い家の中だと置く場所もなくて。だから私は全く使ってなくて、オフィス用のキャスター付きチェアに座ったままガラガラ移動していました。それも床が痛むので、今は使いませんけど。
g:歩けるようになった後は仕事に復帰したそうですが、やはりそれまでと同じようにはいかないこともあったと思いますが。
櫻井:重い物は運べないし、お茶は出せなくなりました。「お茶をこぼさないようお盆を持って歩く」って、できないんですよ。
g:健足と同じようには歩けないから(※3)、どうしてもバランスは悪くなってしまう。それは説明しないとわかってもらえないことですが、当時の周囲の人たちには理解してもらえていましたか?
櫻井:理解してくれている人はいましたけど、そのしわ寄せがくると思った人もいたでしょうね。あとは営業職だったので、外回りも辛かったですね。はじめは痛くてまともに歩けなかった(※4)し、電車にも乗れなかったので会社の近くに部屋を借りました。
g:満員電車に乗るのを避けたかった?
櫻井:人ごみですよね。人が多い所でぶつかられたら転んじゃうんですよ。一生懸命バランス保って歩いているので、ちょっとぶつかられただけでも。今は電車にも乗れますけど、でもやっぱりぎゅうぎゅうに押されて足の踏み場がなくなると倒れちゃうんで、捕まる所がないと怖いです。

気づかれない、けど
g:確かに万が一転倒してしまったらと考えると、リスクがありますね。
櫻井:子どもが歩けるようになってからは、追いかけられないのが一番怖かったですね。もし走って車道に飛び出してしまっても止められないので。 だから迷子ひもは重宝しました。近所の同じ年頃のお子さんたちと一緒に遊ばせる場所では、他のお母さんに見てもらったりとか。
g:面倒を見てもらうために「義足だから」と説明するんですか?言い出さない限り、義足だとは気づかれないですよね?
櫻井:気づかれないですね。「足どうしたの?」と聞いてくる人はいますけど、義足だとは思わないでしょうね。少し一緒にいたくらいではわからないんですよね。例えば階段の昇り降りで「足どうしたの」と気づかれて「実は」みたいな。足が悪いんだろうなとは思われても、義足までは想像がつかないんだろうなと思いますね。
g:毎回「義足なんです」と伝えるんですか?
櫻井:その場限りの人には「ちょっと足が悪くて」としか言わないですね、継続的に会うような方には言います。

g:言わないと、出来ないことの説明もしようがないですよね。重いものは持てないとか、両手がふさがると危険だとか、理由を伝えずあれこれ頼むわけにもいかないでしょうし、伝えておく必要がありますよね。
櫻井:そうなんです。「義足だからこれができない、難しい」というのは言わないと伝わらないし、知らない人はわからない。義足だと知っている人には気兼ねなく頼めるし、例えば皆で食事に行って、子どもと自分と二人分のトレーを持たなきゃいけない時に何も言わなくても「持ってくよ」と手伝ってくれるので。それだと一緒にいても気を使わないんですけど、そうじゃないと。ただ(義足だと)知っているだけでも、何がどう大変なのかは想像できないじゃないですか。だから保育園のママ友から「今度一緒にスキー行こうよ」と誘われたりしても「何が大変かわからないんだろうな」って。
g:難しいですよね。それを理由に分け隔てするのも良くない、とあえて誘っているのかもしれないし。とはいえその都度「これはできない」と説明するのも簡単ではないし、誰彼構わず知り合った人全てに伝えるわけにもいかないでしょうし。
櫻井:あまり細かく伝えて、相手に気を遣わせてしまうのも気が引けますし。そういう意味では今思うと、結構自分で壁を作っていたなと思います、遠慮してしまうというか。子どもが中学校に入学して一番最初の保護者会で、義足のことを言うかどうかは悩んだんです。「障害があるので、できないこともありますけど」と言っておいた方がいいかどうか。結局言わなかったんですけど。
g:誰かと知り合う度にそうなりますよね、言うか言わないか。「足が悪いんだな」と思われているだろうけど、義足だとは思いもよらないでしょうし。「聞きたくなかった」というリアクションをされてしまった経験もあるそうですが、難しいところですね。
櫻井:だからなかなか言い出せないんですよね、すごく迷います。例えば子どもの保護者同士だったらしばらく一緒だから、先に言った方がいいかなとも思ったんですけど。
g:「聞いちゃいけないのかな」と考える人もいるでしょうし、人によるでしょうけど、櫻井さんにとっては聞かれた方が楽、という感じですか?
櫻井:聞いてくれた方が楽ですね。足が悪いと気づかれているのに、何も聞かれない方が言いづらいじゃないですか。だからこそこうして記事にしていただくのは、価値があると思うんですよね。

障害について聞かれたくない人もいるでしょうし、一概に本人に聞いていい、聞くべきだとは言えません。しかし何が危険で何に困るのかも知らないまま、想像の中で勝手に障害者の困り事や出来ない事を作りあげてしまうのもまた、良いとは思えません。
競技用義肢を使うアスリートの活躍を応援するだけでなく、生活用義肢について知る機会がもっと担保されるべきでしょう。しかしそう考えるのがいつまでたっても当事者だけでは、時間はまだまだかかってしまうのだろうと思います。
子どもの頃や診断前の経験など掲載しきれない話の続きを「note」で公開しています★
さらに!インタビューの冒頭部分を動画公開!
発達障害の解説や職業指導員としての小谷さんの取り組み、施設長佐藤さんのインタビューなど盛りだくさんの「gente vol.021」お取り寄せはこちらから